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恋文

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「……さっきから、何書いてんの?」
「エッジは見ちゃだめっ! あっち向いてて!」

 先刻からひしと机に噛りついているリディアは、手元を隠すように慌てて身を被せた。
 軽く眉を上げて睨むその顔も、睨まれた当のエッジには可愛らしく映るので大した意味はない。何事か真剣なようだ。ちょっと待っててとも言われた。とはいえせっかくの逢瀬だ。恋人がひたすら机といちゃついているのはあまり面白くない。
 エッジは開け放たれた障子の向こうをじとりと眺めた。清々しい陽気に、揺れるあやめの花はこんなに美しいってのに。

「茶でも入れてくるかな」
「……」

 夢中なリディアは気付かない。あーあと小さく息を吐いて、エッジは部屋を後にした。







「あら若様」
「茶と……紅茶でいいか。あと茶菓子。ああ、淹れるのはやるから」

 勝手場で王子が棚を物色している。本来なら不自然な光景のはずだが、ここエブラーナではそうでもないらしい。片手に茶筒を手に取り片手に急須を揺らす様を見て、侍女が声を上げた。

「ああ! 若様急須は揺らさないでって言ってるじゃないですか!」
「あーそうだった、悪い悪い。待つの苦手なんだよなあ」

 急須を置いてエッジはじいっと茶葉の揺れる様を見つめた。こうやってわざわざ眺めているから長く感じるのだ。侍女がそうだ、と顎に手を当てた。

「そういえばリディア様からお手紙もらいました?」
「へ?」

 リディアなら俺の部屋にいますけど。いやそういうのじゃなくて。

「若様たちが戻ってきてすぐに、便箋が欲しいなあと仰られていたので、お渡ししたんですよ」
「確かにずっと何か書いてるけど、手紙だったのか? ……つーか手紙って。俺ここにいるんですけど」

 そこまで喋ってふと、じゃあ誰宛なんだよ。途端にそわそわと落ち着かなくなった。ああ、気になる。怒られるだろうけど、無理にでも見てやろうか。
 エッジの心中を知ってか知らずか、侍女はお教えしよう! とでも言わんばかりに人差し指を立てた。

「あのですね、今日は恋文の日、ってやつらしいですよ」
「……なんだそりゃ」

 唐突に放たれた浮かれ気味の言葉に、エッジは呆れたように目を細めた。負けじと侍女は続ける。

「語呂合わせですよ。私も知らなかったんですけどね。リディア様も先ほど街で耳にしたみたいです」
「……あ、なるほど」
「そう。もちろん若様宛てでしょう」
「不思議なやつだなあ」

 恋文ねえ。
 これまでも手紙のやりとりはあれど、いざ改めて恋心を文字に認めることなどなかった。いかん、顔が弛む。エッジは頬を軽く叩くと盆を持って身を翻した。
 ――そのお背中には、桃色の花びらが舞っているように見えました。と後に侍女は語る。
 塞がった手で器用に扉を開けたエッジがふと足を止めた。

「俺にも便箋くんない?」



 自室の襖を開けると、リディアは机とのデートを終えていた。手紙は書き終えたのだろう。エッジは盆を置いて、リディアの前に紅茶のカップを差し出した。

「ありがとうっ。あのねあのねエッジ」
「ストーップ」

 勢い余ったリディアの前に、エッジは手のひらをぴしりと出した。目を丸くしたリディアが律儀にも止まる。

「えっ?」
「……もうちょっと待ってて?」

 白い便箋をひらひらと見せたエッジは歯を見せて笑った。にわかにリディアの顔が赤く染まっていく。勢い付かなければ渡せたものではなかったのだろう。ペンを執ったエッジを見て、しっかり己が胸に抱いた封筒を見て、それから更に赤くなってこくこくと頷いた。



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